ハスカー・ドゥのインディー時代の名作『Zen Arcade』を振り返るボブ・モールド (2014)

2枚組、全23曲入りの大作『Zen Arcade』は1983年10月に録音され、1984年の7月にブラック・フラッグのグレッグ・ギンが運営するSSTからリリースされました。録音直前にスティーヴ・アルビニによるインタビューが行われており、本作への意気込みを語っています。以下から読めます。

1983年9月にファンジン『Matter』に収録されたハスカー・ドゥのインタビューです。当時スティーヴ・アルビニは同誌のライターでした。原文...

以下はリリースから30年後の2014年10月10日、Billboard誌に掲載された記事の訳です。原文はこちらから。

スポンサーリンク

1983年、ハスカー・ドゥのボーカル&ギター、ボブ・モールドは、ファンジン『Matter』のライターであるスティーヴ・アルビニにこう語った。「俺らはロックンロールなんかよりももっとでかい何かをやるよ…どんなものになるかは分からないけど、やってみるさ。ただ〈パンクロック〉だとかなんだっていう概念を超越したものにはなるだろうね。」

「そんなこと言っちゃったら、なんとかするしかないよね。」モールドは当時を振り返る。そして画期的なアルバム『Zen Arcade』がその結果である。ハスカー・ドゥはもともと、ハードコアの肝である「やかましい&速いルール」を体現していたが、ここにきてモールド、ボーカル&ドラムのグラント・ハート、ベースのグレッグ・ノートンの三人は、メロディー、内省的な歌詞、そして様々な影響をパンクロックと融合してみせている。『Zen Arcade』の影響は、ピクシーズ、ダイナソーJrからニルヴァーナへ、そしてさらに広がり続ける。

1983年秋、ハスカー・ドゥはツアーでカリフォルニアを回り、10月に(SSTのプロデューサー、スポットと共に)45時間で25曲を録音し、40時間でそれら全てをミックスした。アルバム中2曲を除いて、すべての曲はワンテイクで録音されたものだ。

当時ハートが寝泊りしていたセントポール教会、そこで行われたアシッドでスピーディなジャムセッションから『Zen Arcade』は始まった。二人の才能溢れるソングライター(モールドとハート)はお互いを鼓舞し合い、「今までやってきた曲作りの方法を否定するところから始まったんだ」とモールドは語る。アルバムのストーリーはこうだ。荒れた家庭から逃げ出した少年は、都会に救いを求めにやって来る。しかしそこにあるのは工業化され荒廃した街だった。カルトに走り、ある少女に出会うも、彼女はオーバードースでボロボロに。家に帰った少年はまたもや殻に閉じこもってしまうが、自分の強さを見出し始める。しかし目が覚めた時には全てが夢であったと知り、現実世界と向き合うこととなる。そして轟音と静寂の14分インストナンバー『Reoccurring Dreams(夢は繰り返される)』が流れ、一分間の永遠に続くフィールドバックと共にストーリーは終焉を迎える。

なぜパンクロックが14分のインプロ・インストナンバーを含んだ、しかも2枚組なのか?「なぜなら、」モールドは説明する「それはパンクロックへの反抗だからさ。」

ハードコアにありがちな相手を罵るようま語調はなく、歌詞はシンガーソングライターの告白調である一方、音楽性は多彩で革新性に満ちている。ポップなメロディ、逆再生、フォーク調コーラス、テープコラージュ、アコースティックな曲、ピアノ小曲、サイケデリック風、そしてジャジーともいえる長いインプロヴィゼーション。ジオデシックな形をしてるんだよ。」当時ハートはウィットに富んだ言い方をして見せた。「みんな新しいステレオが必要になるね。」

しかしオーソドックスなハードコアのスタイルからは大きく逸脱している一方で、ハードコア性は暴力的なほど強烈で、今日においても、部屋中のオーディエンスを高速モッシュの渦に巻き込むくらいの怒り狂ったメッセージとなっている。

これがハスカー・ドゥを芸術的、商業的、更には文化的にも新たなレベルへと導いた作品である。また、これが来たるアメリカン・インディーアンダーグラウンド時代の布石となった。アルバム発表後、オーディエンスは変わり、音楽は変わり、最終的にメインストリームの音楽までもが後に続くことになる。

ゼン・アーケードが与えてくれるのは「1984年のアメリカの空気。レーガンの時代に、息苦しく、取り残された感覚」だとモールドは語る。「数年後に分かったことなんだけど、それは俺自身だったんだ。権利を奪われ、置いてけぼりにされたゲイの少年が、エイズ危機と若き共和党員による支配の始まりを目撃する。そういったすべてを見つめながら、何故こんな風になってしまうんだろうって、自分の無力さを感じながら、困惑していたんだ。」

だが、無力さと困惑を感じながらも、音楽は怒り狂っている。「あぁ、怒ってるよ」モールドは頷く。「だって諦めるなんてできないだろ?」


上記の記事にあるように、ある少年が辛い現実から抜け出そうとするというストーリーがアルバムのコンセプトになっています。


両親がいがみ合う家庭環境から少年は逃げ出す(「Broken Home, Broken Heart」、「Never Talking to You Again」)。軍隊へ参加したり(「Charted Trips」)、宗教に助けを求めるなどを経て(「Hare Krsna」)、ひと時の平穏を見つけるが(「Somewhere」)、恋人をドラッグで失ってしまう(「Pink Turns to Blue」)。何も変えることはできないと絶望するが(「Newest Industry」、「Whatever」)、そこで目が覚めてすべてが夢であったと気がつく。しかし現実はいまだ彼の眼の前に立ちはだかっている(「The Tooth Fairy and the Princess」、「Turn on the News」)。


そして次の作品、『New Day Rising』へと続きます。

ハスカー・ドゥが『Zen Arcade』の録音を終えたひと月後の1983年11月、レーベルメイトであるミニッツメンも新たな作品の録音に着手します。ハスカーの作品が2枚組になることを聞いた彼らは「じゃあ俺たちも2枚組だ!」と予定よりも大幅に曲数を増やし、そして完成したのが全45曲入りの作品『Double Nickels on the Dime』です。こちらも『Zen Arcade』と同じ1984年7月にリリースされました。

参照

Wikipedia – 『Zen Arcade』

Nude As the News

Wikipedia – 『Double Nickels on the Dime』

スポンサーリンク