スティーヴ・アルビニ 「著作権は期限切れだ」 (2015)

2015年の5月30日、スティーヴ・アルビニは毎年出演しているプリマヴェラ・サウンド(Premavera Sound)にシェラック(Shellac)としてこの年も出演するため、スペインのバルセロナを訪れていました。出演日を翌日に控えたこの日はバルセロナ現代美術館で行われたイベントに姿を現し、ファンや音楽ライターたちとQ&Aを交わしました。その模様がbillboard誌に掲載され、以下は彼の発言を抜粋・和訳したものです。原文はこちらから。

この記事の彼の紹介文には「ニルヴァーナの『In Utero』、そして1993年に執筆したエッセイ『The Problem with Music』で有名なスティーヴ・アルビニ」とあり、音楽作品のみならずエッセイストとしてもアルビニは昔からインパクトを残していたようです。エッセイを翻訳したものは以下のリンクより。

Steve Albini & Lil BUB reunite in Asbury Park in April at the Ca...

スポンサーリンク

~前略~

「自分が音楽業界に属しているとは思わない。」彼を拍手で迎えたオーディエンスにアルビニはそう答えた。音楽業界とはすなわち、上層部と下層部にそれぞれ人がいて、さらに管理する人間がこれらの人に法的な繋がりを持たせる、企業化されたビジネス構造を持った場所のことだ。自分がその一部であると感じたことは一度もない。そのすべてにいつもイラつかされてきた。ファンや彼らのお目当てのバンドたちを食い物にする寄生虫がこの音楽シーンに存在していると思うと、腹立たしい気持ちになる。シーン全体から金を吸い上げているこの管理的なビジネス構造は、自分にとってはいつだって作り物にしか見えないし、不要だ。」

アルビニは、彼のバンドのレコードレーベルとも、シカゴにある自身のスタジオ、エレクトリカル・オーディオにおいても、仕事の際は契約を交わさないことを明らかにした。

「1980年代から、自分のバンドはタッチ・アンド・ゴーというレーベルからレコードをリリースしてきた。最初のバンド1も、その次のバンド2も、そして今やっているシェラックにしても、彼らと正式な契約を交わしたことは一度だってないし、合意書だとか、もっと言えばお互いにどういった義務があるかみたいな会話さえしたことはない。それでも彼らはいつだってよくやってくれているし、自分たちの仕事に満足してくれてる。自分たちも常にいい経験をさせてもらっていて、この関係はごく自然に続いているんだ。」

「自分のビジネスに契約を持ち込むことはしないよ。レコード制作の依頼がきたら、時間の管理をして、その通りに動いて、その対価をもらって終わりだ。皆がいい時間を過ごせている限り、それは継続する。それこそが最善の、最も安全で合理的なビジネスのやり方だと思う。友達同士内輪でやるようなものでも、自分のバンドとレコードレーベルを通して数百万規模のビジネスになるような大きな話でもだ。」

多くのアーティストと何千ものアルバムを制作してきたアルビニは、自身をプロデューサーではなくエンジニアだと呼ぶ理由をこう説明する。

「…自分はジョージ・マーティン3じゃないし、Jay-Z4でもない。自分はそういうやり方で音楽をプロデュースする人間じゃない。自分がやっていることは、バンドをスタジオに招いて、どんなレコードを作りたいかを訊ねることだ。次に演奏するのはどの曲か?満足しているか?先に進めるか?って。それが自分の基本的な仕事だ。」

音楽の普及の仕方、消費のされ方の変化について語る時、アルビニはこれまで幾度となくタバコをメタファーとして使用してきた。新しいテクノロジーは人々を今まで以上に孤立させたのか?という問いに対し、彼はこう答えた。

「以前は会場に演奏しに行くと、みんなタバコを吸っていた。タバコの煙で充満していた。でも今はもう会場でタバコを吸っちゃいけない。だから空気が澄んでいるんだけど、人の顔や姿が見えると逆に気が散るっていう人も中にはいる。自分は今の方が好きだ。いいことだと思う。でも煙は会場の匂いをカバーしていた部分もあって、今はどの会場も古いビールとゲロみたいな酷い匂いがするね…。変わったことで、そこで得られる体験も昔と違うものになった。でも体験は体験であって、今も変わらず価値あるものだと思う。」

「失ったものはもう二度と取り返すことはできない。」コミュニケーションの自由、メジャーレーベルの「誇大広告」抜きにミュージシャンと同じ志を持つファンたちを繋げるツールとしてインターネットを称賛する話の最中、彼はこう続けた。人は有機的に成長してきた文化に適応する。iPhoneを持って、自撮りをして、いくらか孤立して、彼らの芸術的体験に取り込まれていく。昔を懐かしんだり、自然に消えていった過去の体験を再現したりするのは間違いだと思う。普通の生活を続けて、この(新しい)習慣を自分の普通の生活に取り込んでいくことが、一番快適なやり方だ。」

アルビニは著作権を、公共の場で喫煙することと同様期限の切れたコンセプト」だと言う。

「…公共の場でタバコを吸うことに対する社会的受容が消えて、今や屋内で喫煙できる場所はほとんど見かけない。それは法令ができたからじゃない。社会の公共の場に対する待遇が変わったからだ。

 著作権の知的構造と、知的財産の所有権というのは現実的じゃないと思う。一度表現されたアイデアは共有知性の一部になる。一度表現された音楽は共有環境の一部になる。人々が自然にアイデアや音楽や情報をやり取りする方法に対応するために、知的財産という考え方は自然と修正されていかなきゃいけない。著者がその著作権を所有して、それを使いたい人、見たい人はその人物にお金を払わなきゃいけないというモデルは、もう古いし期限切れだと思う。そのモデルを守ろうとしている人は、馬の背中に乗って車とやりあおうとしてるのと同じで…。『Piracy(パイレーシー:海賊行為/著作権侵害)』って表現は馬鹿げてると思うね。そもそも『Piracy』という言葉は、船乗りが暴力で人を殺して財産を物理的に奪うという意味。何かをiPhoneにダウンロードしている人をそれと同一視するのは不合理だ。」

派手なステージングのコンサートをオーディエンスの前で行う調教された猿のショー」に例え、アルビニは1980年代、ほとんどのフェスティバルへの出演を辞退してきたという。

「出演するのは業界から激しくプッシュされてきたバンドばかり。リストの下の方にいるバンドは酷い扱われようで、オーディエンスも食い物にされていた。チケット代が異常に高かった。 会場も酷いもので、森か何かにテントが張られているだけだった。こういったフェスティバルに行って得られる経験は本当に酷くて、そこで演奏した経験も本当に最悪だった…。ただ、いい金になるってだけでね。」

「大企業がオーディションしてクソみたいな酷い流行りものバンドばかり出ているフェスティバルが今も存在している一方で、精選された演出をしているフェスティバルも存在していて、そこではオーディエンスはリスペクトを持ってもてなされるし、サーカス小屋とは違ってステージにパフォーマンス・スペースもしっかりセットされている。」

「プリマヴェラ・サウンドは最高にオーガナイズされているフェスティバルの一つだ。彼らは、自分たちが好きだからという理由でバンドを選出しているのがよくわかる。演奏するために裏でやましいことをしてたりするんではなくてね。」


後日、このアルビニの発言に対して、ラウンジ・リザーズ(Lounge Lizards)などで活躍したギタリストのマーク・リボーが異論を唱えます。

Marc Ribot (@marcribotmusic) has written Steve Albini an irate open ...

脚注

  1. ビッグ・ブラック Big Black(1981-1987)。
  2. レイプマン Rapeman(1987-1988)。
  3. George Martin: ビートルズをプロデュースした人物。
  4. ラッパー/音楽プロデューサー。自身の作品のみならず、カニエ・ウェストとのコラボレーションなども有名。最も商業的に成功したアーティストの1人とされている。嫁はビヨンセ。
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Follow

スポンサーリンク