H. R.(バッド・ブレインズ) インタビュー (2012)

バッド・ブレインズ結成前、ギタリストのドクター・ノウとベーシストのダリル・ジェニファーは、ファンク界隈のミュージシャンとジャムセッションをしていました。1976年にバッド・ブレインズの前身となるマインド・パワー(Mind Power)を結成。当時は(チック・コリア率いる)リターン・トゥ・フォーエヴァー、(ジョン・マクラフリン率いる)マハヴィシュヌ・オーケストラ、さらにはスティーヴィー・ワンダーなどを基にしたジャズ・フュージョンバンドとして活動していました。

結成当初のボーカリストであるシド・マックレイは、セックス・ピストルズのドキュメンタリーを見た後でパンク要素をバンドに持ち込みます。また、ワイヤーやデッド・ボーイズなどをメンバーに紹介したのも彼でした。1979年、ラモーンズの曲「Bad Brain」から、バンド名を『Bad Brains』に変更します(ここでの Bad は Good の意味だそうです)。

そしてボブ・マーリーのライブを見た後、1979年頃からレゲエサウンド、ラスタファリズムへも傾倒していきます。

バンドがハードコアサウンドになった直後までマックレイはシンガーとして在籍し、その後ギタリストだったH.R.がシンガーに転向してクラシック・ラインナップとなります。ドラマーはH.R.の弟であるアール・ハドソン。

1982年に1st カセットをリリース以降、H.R.とアール・ハドソンの脱退、再加入をくり返しながら、バンドは現在も活動中です。

以下は2012年の『Into the Future』発表時、11月21日に『Consequence of Sound』に掲載されたH.R.のインタビュー訳です。原文はこちら

ちなみに彼のニックネームであるH.R.は元々「Hunting Rifle(猟銃)」の略でしたが、後に「Human Rights(人権)」の略に変更したそうです。

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バッド・ブレインズは、パンクムーブメントから現れた最も影響力のあるバンドとして君臨し続けている。その要因の一つとして、ワシントンD.C.の巨大なシーンからキャリアをスタートさせたことが挙げられるだろう。ニューヨークへと活動の場を移してからも、全開のハードコアとサイケとダブアウト・レゲエを強烈にブレンドしたサウンドを鳴らし続け、停滞しきっていたパンクシーンにハードコアのパッションを注ぎ込んだ。

90年代の解散・再結成はグループの常套手段となっていたが、2007年にオリジナルメンバーで再結成し発表した『Build a Nation』は、過去のもはや伝説的ともいえる作品群と同等の熱量を持った、フレッシュでエキサイティングなアルバムとなった。

そして今回、アルバム『Into the Future』と共にバッド・ブレインズは帰ってきた。ベーシストのダリル・ジェニファー曰く「デビューカセット以来、最もピュアな作品だ」。Consequence of Soundは、ボーカリストであるH.R.にインタビューし、ニューアルバム、セルフプロデュース、そして彼らの求めるビジョンについて語ってもらった。

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―プレスリリースは『Into the Future』を「真のフリーダムと実験音楽の輝きに満ちている」、更にはデビューカセット以来「最もピュアな作品」だと評しています。そのピュア性というのは、今作のセルフプロデュースの結果によるものですか?それともまったく違う要因?

その両方の要素がちょっとずつあると思うね。何年もの間、僕らは新しいスタイルの音楽を作りたかった。僕らのグループにしか出来ない、僕らでしか見せられないテクニックっていうものをね。始めたばかりの頃はあまりそういうリスクを犯したくなかったんだけど、ここにきてチャレンジしてみたんだ。キッズ達や、レーベル、友人、家族達の熱意のおかげもあって、色んな影響や、このシーンのブラザー達から受け取った新しいアイデアをかき集めてやってみたんだ。

今まで以上に努力して曲を作ったんだ。よくできたと思うし、僕らが鳴らしたい音を共有、表現できてると思う。僕らのテクニックややり方、それとこれまで培ってきたアイデアと経験を使って、曲のアレンジや表現をネクストレベルに引き上げたよ。

―バンドはここ何年も解散を繰り返していますよね。にもかかわらず、兄弟の絆はいつも残るんだとダリルが言っていました。『Build a Nation』の成功に続いて、あなたたちは自らの最高傑作とも呼ぶ作品をプロデュースした。ここにきてメンバー間の絆はこれまで以上に強いものであると言えますか?

イェス、サー。そう言えるだろうね。メンバーの絆と一体感がバンドの命なんだ。それこそが、新しい音楽を生み出したい思いと熱意、それをいい状態で保ってこれた要因だろうね。それに、何度か解散もしてきたけど、それはただメンバーそれぞれが他のことをやってみたい、自分の異なったテクニックに挑戦してみたかったからなんだ。でも年月と経験を経てまた集まってみると、グループとして、チームとして、より強い、揺るがない絆で結ばれていることに気づいたよ。そして解散は僕らに自由を与えてくれた。もっと色んなことに挑戦する為の自由をね。それはそれでよかったよ。

―2007年に再結成した理由はなんだったんですか?それまでの再結成と何が違っていましたか?

思うに再結成のきっかけは、マンハッタンのCBGBでライブをしに来ないかっていう、友人からの誘いだね。マンドとマンディっていう、古くからの親しい仲間なんだけど、彼らが「もう一度みんなで集まって、金銭的にも、社会的にも、また違った最後をみんなでシェアするっていうのはどうだい?」ってね。だから、僕らも「オーケー、じゃあやってみようか」って。それがきっかけだよ。当時はカリフォルニアに住んでいたし、どうなるかは分からなかったけど、とりあえずやってみることにしたんだ。

(マネージャーの)アンソニーが連絡をくれっていうから、電話したんだよ。そしたら彼らはジェレミーに電話したって。一緒に座って話したっていうんだ。それで、みんなでとりあえず会って、何が起こるか見てみようって言ってたみたいで。それからジェレミーに電話したんだ。それからダリル。最後にようやくアールが電話に出て、そしたら「ヘイ、なにカリフォルニアで頭振ってんだよ?」って言われてね。彼は僕が何をやってるか聞いていたから。それで「お前のアイデアを実行するチャンスだぞ」って。

グループは15年間は聞き続けられる音楽を作ってきたし、当時僕らは少し先を行っていたんだ。結成当初は時代を先取りしていた。それからシーンがようやく追いついて、リスナーも追いついてきた。彼らは僕らの音楽を気に入ってくれたし、グループが同じ事をもう一度出来るのか知りたがってた。だから、それが再結成の理由だね。

―数年前ダリルが言っていたのは、バッド・ブレインズの重要なキーの一つは、あなたが新しいことに挑戦し続けることだと。最後に出したアルバムから5年経ちますが、自分が新しい物を作り続け、今も実験途上にいると感じますか?

イェス、サー。その通りだね。

―今もまったく衰えていないとも言われていますよね。何があなた達を前進させるんですか?

僕らは自分たちの音楽を説いているんだよ。僕らは指導者でありながら、音楽の通訳者でもある。指導者であれば、知っての通り、異なったスタイルやテクニックに挑戦することになる。でも僕らにとって、それは大したことじゃなかった。みんなそれぞれ自分の意見や批評を持っていて、批評家は自分の判断基準を持っているだけであって、僕らがそれに影響はされることはない。自分自身を強く持って、やるべきことをやり、グループを前進させるんだ。そうすれば魔法が現れるのさ。

―美しい表現の仕方ですね。バッド・ブレインズは数名のプロデューサーとしか共演されていませんね。有名なところでは『Build a Nation』でアダム・ヤウク(ビースティ・ボーイズ)がプロデュースを務めています。しかし私にとって印象的のはやはりリック・オケイセック(ザ・カーズ)です。彼とは2回共演されていますよね(『Rock for Light』、『God of Love』)。バッド・ブレインズとリック・オケイセックがどのようにして共演することになったんですか?

彼とはアリゾナで出会ったんだ。中西部の、アリゾナのフェニックスで…メキシコの近くの。彼がライブに来て「君らの音楽、最高だよ。君らがどこから来たのかも聞いたよ。一緒にスタジオに入るチャンスをくれないか?何が出来るかやってみたいんだ。」って言うんだ。それから1+1が2に、2+1が3に、3+1が4になって、リックが「ケーキの上の飾り」を輝かせてくれたんだ。彼がざらつきを磨き上げてくれてね、そうしたら、グルーヴが完璧になったよ。それが僕らのやり方だった。


『Into the Future』は、前作をプロデュースし、今作リリース前に亡くなったビースティ・ボーイズのアダム・ヤウクへ捧げるものになっています。現在のところストリーミング配信はされていないようですが、購入はできるようですね。

参照

Wikipedia – Bad Brains

Wikipedia – H.R.

All music – Bad Brains Biography

Bad Brains / Mind Power: The Lost Track 12″

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