スティーヴ・アルビニによるハスカー・ドゥへのインタビュー (1983)

1983年9月にファンジン『Matter』に収録されたハスカー・ドゥのインタビューです。当時スティーヴ・アルビニは同誌のライターでした。原文は素晴らしいHüsker Dü Databaseから読めます。

ハスカー・ドゥは結成1979年にセントポールで結成。メンバーはボブ・モールド(ギター / ボーカル)、グラント・ハート(ドラム / ボーカル)、グレッグ・ノートン(ベース)。初のEPが1981年の『Statues / Amusement』。82年に2nd EPの『In A Free Land』。同年8月に初のLPであるライブ盤の『Land Speed Record』。スタジオ録音盤としては1st となる『Everything Falls Apart』は83年1月にリリースされました。インタビューが掲載された時期は、3rd EP『Metal Circus』のリリース(同年12月)、さらに名盤と名高い『Zen Arcade』の録音を控えている時期でした。

一方スティーヴ・アルビニは、この頃にはシカゴを拠点にビッグ・ブラックとして活動しており、2nd EPの『Bulldozer』をリリースした時期です。

辛口ライターでもあったアルビニですが、ハスカー・ドゥに対しては非常に好感を持っている様子が文面からわかりますね。また、話にも出てくるミネアポリス出身のバンド、ライフル・スポーツ(Rifle Sport)には、後にシェラックのドラマーとなるトッド・トレイナーがドラム / ボーカルとして参加しています。

スポンサーリンク

『ハスカー・ドゥ?ちゃんとわかってるのは彼らの理容師だけだ』

 インタビュアー:スティーヴ・アルビニ

Husker Du(本来ならuの上にウムラウト記号が付いているが、このタイプライターはスウェーデン語が話せない)が最近演奏してるナイスな曲があって、歌詞の一部がひたすら繰り返される。「What’s going on in your head? (お前の頭の中で何が起こってるんだ?)」1ハスカー・ドゥのファンも彼らを中傷する奴もここ暫く気になっている曲だ。

「体力温存の為に出来るだけ速く演奏し始めたんだけど、どんどん速くなっていってね。」バンド創設者でありギタリストのボブ・モールドは語る。「しょっちゅう演奏してたんだよね、というのも俺らはあんまり楽器が得意じゃなかったから。上手くなろうとたくさん演奏してたんだ。最初のシングル(『Statues / Amusement』)が出た時みんな速い曲を期待してたんだけど、俺らは一番遅い2曲を選んだ。地方の人たちは俺らの事をアートバンドかなんかだと勘違いしたみたいでさ、だから地方で速い曲やると観客は一体何が起こってるかわからない様子でキョトンとしてるんだよ。」

こんなことを言っている批評家もいる。ハスカース(ミネアポリスの住民達は彼らそう呼んでいる)は流行に乗っていると。『Statues』のPiLっぽいサウンドから、デビューライブ盤である『Land Speed Record』の息つく暇もないスピーディなサウンドへ、トレンドが変わる毎に変化させていると評している。それに対しハスカー・ドゥは「クソなデタラメだ」。

俺らは一度だって〈ハードコア〉バンドだか何だかになろうと思った覚えはないよ。」モールドは言う。「他のバンドが、曲のスピードから何まで似たようなことやってるのを見つけた時、すごい驚いたんだよ。俺らはその曲毎に必要なことをやってるだけで、速くしようとか遅くしようとかでやってるわけじゃないんだ。いま俺らはデカいスケールで物事を考えなきゃならない時期にいてね。ロックンロールだとか、つまらないバンドのありふれたアイデアなんかよりも、もっとドでかい何かをやるよ。それがどんなものになるかはわからないから、やってみなきゃいけないんだけど、とりあえずパンクロックだとかそんなものを超越するものにはなるだろうね。」

とりあえず近況としてはEP『Metal Circus』のリリースと、それに合わせたツアー。EPはミニッツメンのニュー・アライアンス・レーベルからのリリース2で、逆にミニッツメンは7インチをハスカー・ドゥのリフレックス・レーベルからリリース。それからライフル・スポーツとマンサイズド・アクション(Man-Sized Action)もリフレックス・レーベルからアルバムリリースの予定がある33

「ミニッツメンのレコードはかなり面白い感じになるよ、サクっとね。それで少しお金が出来るから、そこからさらに彼らの作品を出せる。」モールドは言う。「他の二枚のアルバムも俺らがすごく好きなバンドで、金銭的に工面できたからね。」

ハスカー・ドゥのここ最近のリリースであるEP『In A Free Land』とアルバム『Everything Falls Apart』は、分厚いギターとグレッグ・ノートンの弾力性のあるベース、グラント・ハートのバズコックス風ドラミングで締め上げられた狂乱的(半狂乱ではない)パワーを見せている。意図した訳ではないそうだが『Metal Circus』も同じテイストになるとモールドは言っている。

ハスカー・ドゥは自分達のイメージについてまったく気にしていない。彼らがどんなバンドなのか、想像できない人がいる原因はそこかもしれない。彼らのヴィジュアル・イメージは使用されている謎めいたジャケットアートに大きく依存しているが、それは自分達の写真が出回って欲しくないからで、そもそも見た目とサウンドがかけ離れている。

「見た目なんてどうだっていいんだよ。」モールドは言う。「そんなのは関係ないんだ。俺らは色々な場所で全力を注いで、それでみんなは俺らが本気でやってるのをわかってくれるだろ。だから俺らの髪型がどうだとかってどうでもいいんだよ。」

それはいいことだ。なんせハスカーのヘアースタイルは数多のド派手ヘアーミュージシャン達の中じゃ数少ないガチの〈パンク〉。グレッグは刈り込んだ短髪に整った口髭、マッチョな身体で、まるでGQマガジン4から飛び出してきたみたいだし、一方グラントはモーターヘッドの誰か一人と交替できちゃうし(多分モーターヘッドの二人のうちのどちらか)、ボブは忙しくてヘトヘトになったセントポールのガソリンスタンドの店員みたいだ。スキンヘッズとは訳が違う。

国際的に注目され始めたお陰で、大成功を収めたバンドのように地元にも熱烈なハスカー・ドゥファンも増え始めた。「シーンをサポートしていない」なんて批判されたりもしているが、言い換えれば「架空の〈シーン〉などではなく、選ばれたバンドをサポートしている」ということだ。

「俺らは『他のバンドに非協力的だ』とかってクソみたいなこと言ってた奴がいたけど」モールドは言う。「でももし俺らが、あるバンドはクソだと思うんなら、どうしてわざわざ傷つけないように嘘ついたりするんだよ?マンサイズド・アクションやライフル・スポーツのようないいバンドにはできうる限りの事はするよ。でもツインシティーズ5公認バンドになるとかには興味ないね。そうなりたいやつは他にいるだろうから。」

ハスカー・ドゥは自身のレーベルをモールドの空き部屋で運営しているにもかかわらず、流通も国内外問わず手掛けている。ちょっとした町工場のようだ。

「小切手も電話も机もタイプライターもあるよ。俺は書類棚を担当してて、グレッグが全アートワークを手掛けてる。」モールドは語る6。「それだけさ。バンドメンバー全員仕事してるけど、俺は基本的に別バンドのサウンド面の手伝いとか、臨時の仕事したりとか、そんなんかな。」

ほとんどの人がハスカー・ドゥの音楽、スタイル、哲学やイメージを定義できないでいるが、モールド曰く、彼らがプレスから受けた待遇や言われは妥当であるとのことだ。大部分は。

「シカゴリーダー紙のアスホール野郎、スコット・マイケルソンって奴だけは、マジで酷かった。」彼は言う。「どこでそんなクソを覚えて書いたのか知らないけど、俺らが言ったんじゃないよ。奴は(ストゥージズの)『Raw Power』以降ロックは死んだと思っているんだよ。そんな奴と一体何ができるんだよ?俺はスロッビング・グリッスルを長らく愛聴してて、彼らのアイデアが好きだって言ったんだけど、奴は俺らが彼らをパクったとか書いたんだよ。アホだろ。」


脚注

  1. 実際の歌詞は “What’s going on inside my head. (俺の頭の中で何が起こっているんだ。)”。グラント・ハート作の「What’s Going On」。1984年の『Zen Arcade』に収録。
  2. 『Metal Circus』は最終的にブラック・フラッグのグレッグ・ギンが運営するレーベル、SSTからリリースされた。
  3. ライフル・スポーツの『Voice Of Reason』とマンサイズド・アクションの『Claustrophobia』は共に1983年にリリースされ、ミニッツメンの『Tour Spiel 7″』は1985年にリリースされた。
  4. オシャレな男性向けファッション誌。
  5. ハスカー・ドゥの地元であるセントポールと隣のミネアポリス、二つの街を合わせた通称。
  6. 実際はグレッグでなくグラントが Fake Name Graphx の名でアートワーク担当。
スポンサーリンク