イアン・マッケイ インタビュー (1999)

Fugaziは1987年に結成。バンド名の由来はベトナム戦争帰還兵の証言を収録した『NAM―禁じられた戦場の記憶』で紹介されていた、”F. U. G. A. Z. I.”というスラングから。これは “Fucked Up, Got Ambushed, Zipped In [into a body bag]” の略で、「むちゃくちゃになって、待ち伏せをされて、(殺されて死体袋の中に)入れられる」という、戦場で無残に死んでいく様子を言っています。また、単に狂った状況を表す場合にも使われたらしいです。

以下は1999年5月にThe Onion誌で公開されたイアン・マッケイのインタビューの和訳です。当時バンドはまだ活動中で、ドキュメンタリー映画が公開された直後でした。原文はこちら

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70年代後半から80年代前半にかけて活躍したワシントンD.C.のバンド、ティーン・アイドルズとマイナー・スレットのシンガー、ギタリスト、そしてディスコード・レーベルの共同創設者でもある、イアン・マッケイ。辛辣で挑戦的なパンクをプレイすることをインスパイアした当初から彼の理想はブレることはない。大手レーベルからのオファーと金もうけツアーを蹴って、結成12年目を迎えるFugazi(ドラマー: ブレンダン・キャンティ、ベーシスト: ジョー・ラリー、シンガーギタリスト: マッケイ&ガイ・ピチョット)は稀有な誠実さを維持し、CDは10ドル以下、年齢制限無しのライブチケットは5~6ドルでの販売を続けている。もちろん、音楽自体が良くないのならばそんなのは珍しくないのだが、彼らの場合は違うのだ。先日Fugaziは2時間にも及ぶドキュメンタリー映画(『Instrument』)と、主にレア音源をメインとしたほぼインストのサウンドトラック(『Instrument Soundtrack』)をリリースし、ヨーロッパへ春のツアーへと出発した。出発前、いつだって好意的且つ発言を恐れない男イアン・マッケイはThe Onionに語った。

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―相次ぐの合併の観点から予期されるレコード業界の崩壊、インターネットの普及、そして多くの人が気付き始めている音楽の品質低下など、語ることは山程あります。ここに来て「言った通りだろう?」というような気分だったりしますか?

いいや。大手レーベルと契約した沢山の友人たちのことを思うと、ただただ気の毒でしょうがないよ。彼らは自分たちのバンドのためにこれまで一生懸命やってきたんだ。皆それぞれ自分のプランがあり、やりくりしてかなきゃならない現実があるわけで、そんな状況で他人を批評したりなんて出来ないよ。もちろん俺にとってこれはまったく驚くべき状況ではないよ。ただ憂鬱になるってだけさ。確か3、4年前ジョー(・ラリー)と二人で街を歩いてたんだよ。そしたらしばらく会ってなかった友人にばったり出くわしてね。彼もバンドにいたんだ。だから彼に「バンドはどうだい?」って聞いたんだよ。そしたら「レーベルにむちゃくちゃにされたよ」って。それから契約のせいでレコードが出せない、どこからも何も出すことが出来ないっていうような話を彼から聞いてね。よくある話だよね。それで彼に別れを告げてまた二人で歩き始めたんだけど、ジョーが「もし10年後に彼と同じような話をもっと沢山の友人から聞くことになったら、どんだけ気が滅入るんだろう?」って言ったんだ。「レーベルにむちゃくちゃにされた」っていうその言葉。本当に最悪だよ。ただ俺にとっては別に大したことじゃないんだけどね。俺は完全に距離を置いてるから。メインストリームの業界っていうのは俺にはまったく関わりのない世界だから、ただ話を聞くだけだよね。みんなが、オフィスでどれだけ彼らの上司がクソかって俺に愚痴ってる感じだね。気の毒にはなるよ。でも彼らに「ハッハッハ、だからオフィスで働くなって言ったろ」とは言わないよ。彼らは自分たちで決めたんだ。それにいつだって悪い話ってわけじゃないさ。たまにはうまく行くこともある。ただ少し成り行き任せって感じでさ。俺にしたら、かつて一度だってレコード業界の一員になりたいだなんて思ったことないし、今だに興味ないよ。それが人を困惑させてるんだろうけどね。だってある意味で俺の野心っていうのは普通じゃないから。ただ自分では野心を持ってるとは思わないんだ。何かを記録するってことが目的だから。本末転倒にはなりたくないわけさ。わかるかい?自分にとって大切な音楽があって、大切な人たちがいて、大切なコミュニティがあって、だから記録しようと思ったんだ。それで、それに気づかせてくれた人たちがいるってことも驚きだよね。本当に、これまで一度だって、レコード業界に入りたいなんて考えたことも思ったこともないんだよ。だって俺は未だにレコード業界っていうのは陰湿なところだって思ってるからね。アートと商業の酷い対立でしかなくて、いつだってそうなんだ。そうでしかありえないんだ。なぜならレコード会社を運営する人間っていうのは…最初にどれほど真面目でも、どれだけ音楽が好きでも、一度レーベルを自分の所有物にしてしまえば利益だけが目的になってしまう。一度そうなったら人は不当な扱いを受けるし、目的も不当な扱いを受けるし、アート自体が不当な扱いを受けてしまう。そうでしかありえないんだよ。でも、沢山の人は俺のことを誤解してるとも思う。俺がメジャーレーベルか、メジャーの流通業者と繋がってると思ってるんだろうけど…。人が一生懸命働いて何かを成功させることに、俺はとてもワクワクするんだ。俺のシチュエーションに関して多くの人がわかっていないのは、俺らは自分たちの音楽を流通させるインフラを作り上げることに心血を注いできて、その範囲内においてとても成功してきたってことだ。多くのバンドがインフラを持っていなくて、置いてけぼりにされて見放されてるんだ。結構人気あるバンドのメンバーが俺に電話かけてきたこともあるんだ。「君がやってることをやりたいんだ。どうすればいいかな?」って。でも俺がやってることを今からやるのはほぼ不可能に近い。1980年からスタートしなきゃいけないからね。簡単にはいかないよ。成長する必要があるからね。だから努力している人が成功するのを見るとエキサイトするんだ。弁護士とかマネージャーとかそういうすべてのクソみたいなもの事に惑わされず、彼らが一生懸命努力して、売れ線を狙ったんじゃなく本当にユニークなものを作り上げて、それが否定できない程いいものであるなら、俺は嬉しいよ。レコードを売ったとか、本を売ったとか、映画を売ったとかって話を聞くと、俺はいつでも嬉しくなる。彼らを誇りに思う。自分のモラルは憎悪に基づいてるんじゃない。誰かを嫌ったりすることではないんだ。何かを嫌いになったりはしないよ。俺は権力者をブッ潰したいとか、そんなんじゃないんだよ。自分だけの王国作りに興味があるだけなんだ。

―大手レーベルは未だに契約話を持ち掛けてきますか?

こないね。A&Rの人間ってのは、ほとんどが20年くらいやってるわけでさ、その多くが完璧に業界に精通しているか、もしくは俺らにまったく興味ないかのどちらかだろうね。でも大手レーベルは、なんと言うか張り切ってたんじゃないかな。俺らは奴らが契約してるほとんどのバンドよりもずっと実績があったから、恐らく手堅い収益を見込んでたんだと思うんだ。「メジャーでやればインディーズの倍の量のレコードが売れる」と言われてた時期があったんだけど。じゃあその計算で行くと、もし誰かが5千枚インディーズで売れば、メジャーだと1万枚は余裕で売れるってわけだ。じゃあもし俺らが20万枚売ったら、奴らは「俺らなら50万枚売れる」って考えるわけだよ。それが本当かどうかはわからないけど、でも正直、俺はそれはおとぎ話の世界なんじゃないかと思う。大手と契約した多くの人間が、インディーズレーベルと息の長い活動を続けてこれたってことを忘れてるんだ。少なくともアンダーグラウンドのパンクコミュニティ内ではね。レコードを売り続けることができるコミュニティがあったんだ。だから発売初週で3万枚売り上げて「やったー!」みたいなのは多分期待できないけど、一年間で4万枚なら売れる可能性があるわけさ。俺に言えることは、俺らが最も売ったレコードは恐らく1988年に出した(Fugaziの)最初のレコード『13 Songs』だいうこと。いまだに他のレコードよりも売れてるんだ。マイナー・スレットの『Complete』も、今日までに馬鹿みたいな数が売れてる。狂ってるよ。


メジャーの問題っていうのは、レコードが出たら、最初の月の売上が全てだってことさ。レコードがリリースされる頃にはみんな既に他のことに取りかかってるんだよ。そういうことさ。そうしなきゃならないんだよ。次から次へと仕事をこなしていかなきゃいけないからね。状況が変わる可能性もあるけど、チャンスは一回だけだ。レコードを出す。もし最初のシングルがヒットしたら、レーベルは次に取り掛かる。でももし売れなかったら別の何かに取り掛かる必要がある。同じ作品の売り込みをしばらく続けるなんてことはないんだ。時間がないから!今や全部が電子レンジ製品ってわけさ、ベイビー。じっくり煮込んだりはしない。人とメジャーについて語る時、宝くじだと思えって俺はいつも言ってるんだ。セブンイレブンで宝くじを買い尽すみたいに、奴らはバンドを買い尽すんだ。ヒットが一つあればいいのさ。それで全部の出資も簡単にカバー出来るからね。ほとんどのバンドが、結果的にボロボロになって地面に捨てられる。そういうバンドを批判出来ないよ。ただ実際、俺はいつも80年代中期から後期のインディーズレーベルと流通業者を批判してきたけど。彼らは本当酷いやり方をしていたと思ったから。当時のインディ―ズレーベルの状況は独特で、明らかにメジャーに比べて少ない枚数のレコードしか売れないのに、商売も人との関わり合い方も、もっと彼らに注目を浴びさせるような、異なったやり方をしてた。でもその代わりに沢山の大きなインディーズレーベルがメジャーの方法論を取り入れて、まるで普通のメジャーレーベルみたいに振る舞ってさ。レコードは対して売れないのに。それで結局バンドは「ヘイ、クズみたいに扱われて1万枚売るか、クズみたいに扱われて10万枚売るか、どっちかな。よーし、10万売るぞ」って考えに至るわけだよ。俺にはもうそれが明らかなんだ。だから俺からしたら、そういうレーベルは完全にクソ大コケしてるわけさ。ただその音楽ビジネスの終わりは俺らの区域外の話で、ずっと元をたどればこの(ディスコード)レーベルはワシントンの音楽、俺らの友達のバンドをドキュメントするために作られたわけだから。それがブレたことは一度だってないよ。それに商売の手を広げようとか、新しくてナイスなバンドを探そうとか思った瞬間も一度もない。レーベルの歴史を見返せばわかるけど、数年間で20枚のレコードを出したこともあれば、数年間で一枚しか出さなかった時だってあった。ここで起こってることの流れに完全に依るんだよ。今現在レーベルは3バンド抱えてるけど、わからないよ?来年はゼロになってるかもしれない。

―誰とも契約をしてないんですよね。

してないよ。それは俺が繋がってると感じているコミュニティに関係があって、チャレンジでもあるよね。ディスコードの20周年が近づいてきてるんだけど。でも好きなんだよね。なぜなら俺はいつでも活動範囲をこのレーベル上に留めているから。他で何が起こっているかなんて、気にする必要なんか一度もないわけだよ。シーグラムが全部買収しようと気にしないよ1。別に驚きもしない。どうでもいい。ただその合併に巻き込まれて潰された友達のことを思うと気の毒になるよ。それは彼らが友達だから。でももし彼らが缶詰工場で働いてて、そこが潰れたとしても嫌な気持ちになるよ。どういうことかっていうとさ、もしも金儲けにしか興味がないのなら、利益志向の動きに対して文句は言えないってことだよ。両方の道は歩めないんだ。もし彼らがお土産を磨き上げて、それを売って金儲けがしたいのなら、上の人間が実は彼らを既に裏切っていたって文句は言えない。そういうことさ。

―どうやってエネルギーを維持してますか?時にどっと疲れがやってきたりすることもあるんですか?

そうだね…(しばし沈黙)このインタビューで、君はきっと俺が「コミュニティ」って言葉を使うのを何千回も聴くだろうけど。でも俺にとってはさ、何かしらの理由で社会から取り残されて、過小評価されてる人々の集まりが大事なんだよ。このワシントンは非産業地帯だし、音楽シーンもなかったし、それに誰にも真面目に相手にされたことがなかったから、だから俺たちは自分たちで、自分たちと自分たちのコミュニティを真剣に相手にしようと決めたんだ。それに俺たちは、自分たちに対して驚くほど長い間影響を与えられるものを作り上げることができた。何年も何年も掛けて俺が出会ってきた人々。自分は敬虔な人間じゃないし、宗教に関わることにもそんなに興味がないんだ。でも自治体の集まりなんかに参加するのは好きだし、人の感覚を持つことも好きだよ。それが、友達や、家族や、ディスコードの人間や、バンド…その一部になろうと、時間とエネルギーと献身を提供してくれた人たちに囲まれる機会を持つエネルギーをくれるんだ。それに、彼らをうまく代表しなきゃならないっていう責任感も感じている。彼らは俺を信頼して任せてくれているからね。ただ覚えておいて欲しいのが、俺はディスコードを現在形のレーベルだとは思ってない。ほとんどライブラリーみたいなものだと思ってる。長年に渡って、多くのバンド、多くの人たち、多くのアーティストたちが、自分達の作品をディスコードに委ねてくれた。だから可能な限り最高な形で彼らを代表し続けることが、すごく重要なことだと感じているんだ。エネルギーを維持するためには十分すぎる理由だと思うし、それに自分はファイター的なところもあるから、俺にもまだ出来ることがある気がするんだ。地方レベルで出くわした多くの問題、俺にとっては世界の問題を示しているように思うんだけど、そういうのはほんの少しの努力で簡単に解決できるものなんだ。俺にものすごいエネルギーがあるとかってわけじゃないんだよ。物事を正すにはほんの少しのエネルギーしか必要としなくて。ただ、人は自分たちの幸せにだけに気を取られ過ぎていて、そこまで意識を広げたがらないことが俺にはすごくショックで。アメリカ社会で最も失望させられたことの一つは、人は自分たちの望み、要求、欲を問題の一番簡単な部分のずっと上に押しやってきたってことだ。彼らはそういうことに対して取り組む興味がないんだ。だからレーベルとして、業務として、任務として大きく貢献してきたよ。俺は自分のためとか、Fugaziのためだけに語ってるんじゃないよ。自分らのコミュニティ内の、俺が友達だとカウントする人たちも含めて語っているんだ。人知れず素晴らしいことをやってる人っていうのは、この世の中に沢山いるんだよ。ユースセンターや、病院、ホームレスシェルターで働いている人たち。福祉施設で働いている人たち、色々な素晴らしいことをしている人たち。彼らはレコードには参加していないよ、でもこのコミュニティ内でなくてはならない存在だし、この街で育った人たちなんかは「ディスコードは大きなインスピレーションを与えてくれる存在だ」って言ってくれるんだけど。それに対して俺は、「その、マジかよ。俺にとっては君らこそ大きな存在だよ!」って感じだよね。

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シニカルになったりします?

そうは思わないな。自分はそんなにシニカルな方じゃないよ。

―その、これはすごくシニカルなものの見方だと思うんですが、よく社会で起こることっていうのが自分が理想主義であるならば、理想主義が消えていくっていう。そうすることで…

現実を見ることになる。そしてそれはアメリカンカルチャーの一部でもあるんだ。「大人になるまではガキだ。現実に直面するまでは遊んでろ。メジャーに呼ばれるまではマイナーだ。プロになるまでは見習いだ。」ってやつだろ。そういう段階っていうのはどこにでもあって、音楽でも、メジャーレーベルに所属するまでは誰にも相手にされない。忌々しい企業からのリリースが唯一効力を持つのさ。ソニーみたいな企業が芸術の中において特別手形みたいなのを持ってるってのが、奇妙で仕方ないよ。「こいつこそがアーティストだ。他の奴らは金儲けをしたがっていないから、本物じゃない。」マジでクソみたいなでたらめだけどね。初めに音楽をやりたいと思った時、うまくいくなんて思ったことなかった。なぜなら音楽とそれをとりまく業界全体っていうのが、プロフェッショナルしか立ち入れないように見えたから。だから、試してみることすら俺にはなんの意味もないわけだよ。それにパンクロックっていうのは…78年か79年辺りに初めて聴いて、絶対あるはずなのに見つけることが出来なかった、世界へ続く扉、小さな窓を見つけたような気分だった。それから突然、全ての型破りなアイデアとアプローチを試すことが出来る場所ができていたんだよ。素晴らしくクリエイティブな人間がそこら中にいて、良いことも悪いことも渦巻いていた。でも、悪いことができる場所があるっていうのは大事なことなんだ。この世界には良いことばかりあるわけではないから。良いことだけが起こる場所にいることで、すごく悪いことが他の場所でうごめいているっていう事実を知れるんだ。物事を正しく理解するためには、間違ったこともできなければだめなんだ。そしてそれを恥じることはない。利益重視で全てのことが完全に予測されている舞台では、そういうことはうまくいかないんだよ。ロッククラブしかなかったら、向こうからアプローチしない限りバンドを呼び込むことなんてないし、人が興味を持つことだってないから、多くの新しいアイデアが世に出ることもない。例えばマイナー・スレットに対して人は「伝説のバンド」とか言ってるけど、でもマイナー・スレットは20人の客に対して演奏してたんだよ!それにジャームスとか他のバンドだって、最初は観客ゼロの状態でやってたんだ。

パンクロックは、俺にとっては「ここなんだ…」って実際思えた場所だった。でもだからと言って、それだけが居場所だとは言ってないよ。俺に訴えかけてきた場所の一つだってだけで。でもそこでは音楽もしくはコミュニティが大事なポイントだったから、そこでは金儲けをする必要がなかったんだ。みんな「金とかどうでもいいよ」って感じでさ。俺が最初にいたバンド、ティーン・アイドルズはワシントンで一年間プレイしたけど、俺らがワシントン出身の白人ガキのパンクロックバンドだったから、当時俺らがいたコミュニティをしきってたアナーキーな反体制の若い奴らからは「田舎物白人パンクロッカー」とか「資本主義者」とかって呼ばれてたよ。誓って言うけど、それは俺らが稼いだ金は全部シガーボックスの貯金箱に入れてたからさ。金を分け合ったりはしたことなかった。全部貯金した。それから貯めた分でレーベルをスタートさせた。俺らにとっては、金儲けのためであったことなんて一度もないんだ。自分たちのシーンを作るためだったんだ。それは何かをやり始めたかったから。クソ並に退屈してたからね。だから、こういうことを見つけたってことで、これは現実を直視するための場所じゃないんだってことを俺に気付かせたんだ。遅かれ早かれ現実を見なきゃだめだ、なんてことは俺には一度も起こったことないよ。「もしパンクバンドを始めたいなら、ニューヨークに引っ越さなきゃだめだ」なんて言う人もいたけど。馬鹿げてるよ。いやマジで!1979年のワシントンD.C.では、パンクバンドのみならず、もしパンクになりたいのなら、ニューヨークに住まなきゃならなかった。それで俺は「どうして土地に基づくことになるんだ?」って思ってた。いつから怒りと退屈とフラストレーションは一つの街に限られてることになったんだ?俺にはさっぱり意味がわからない。だから俺らは「どうでもいいよ。俺らはここでやるんだ」って。それでやり始めたんだ。最初はいつでも人に対して「お前らは馬鹿の集まりだ」って証明してたような気分だったよ。Fugaziを始めた最初の年だって「今は5ドルでライブ出来てるけど、会場がでかくなったら値段あげなきゃならなくなるぞ」って言ってた奴らがいたけど、今12年やってきて、確かにいくつかのライブでは6ドルにあげてるけど、でもほとんどの会場では変わってない。だからそういう風に言ってた人たちは間違ってたって、はっきりしたと思う。彼らは間違ってる。なぜなら彼らが決めた限界は彼らのものだから。試してみようとすらしてない。だから俺らはバンドとしては変わったポジションにいるよね。「バンドとして更に高みに行きたいならば、メジャーレーベルと契約しなきゃならない」って言う人もいるけど。間違ってるよ!本当に間違ってる!「100万枚売れるかもしれないぞ?」って言う奴もいるけど、それが本当だって誰が言ったんだ?でももっと重要なのは、それが大事なことだって誰が言ったんだ?そんなの誰が気にするんだよ?もし活動が続けられるなら、それでチャレンジを感じられるのなら…俺らは12年間活動を続けているけど、今でも週に3、4日は練習してるよ。お互いのことが好きだし。今だって努力してるよ。クリエイティブで面白いことを追求し続けてるし、他の誰かにとってもそういう風に映っているみたいだ。だから、いつだって段階的に考えない方がいいんだ。きっと継続性を主として考えた方がいいんだよ。

―その欲求の裏返しとして、人々に音楽を聴いてほしいというのがありますよね。もしメジャーレーベルに所属していたなら、もっと多くのオーディエンスに聴いてもらえますが。そのように考えたことはありませんか?

多くの人が「沢山の人が君らの音楽を聴けないなんて、残念すぎる」って言ってくれたんだけど。でも俺らの立ち位置としては、俺らの音楽は聴きたがってる人たちに対しては世界中どこにいたって手に入るようになってるから。でも簡単に入手出来る必要はないと思うんだ。それに良いものっていうのはいつだって簡単に手に入るとは限らないしね。というのは、もし食べ物が欲しかったらセブンイレブンまで歩いて行って、インスタントフードでもなんでもいいけど、手に入るわけだ。でももし良いものが欲しい場合には、もっと遠くまで行かなきゃならない。お客に出す料理に対してクソこだわってるレストランへ行く必要があるかもしれない。冷凍ピザを買ってオーブンに入れたっていいし、自分で生地から作り上げていってもいいし。自分でピザを作ったら味はヤバい程いいだろうね。入手しやすいからといって良いものだとは限らないし、大抵の場合その逆だ。もちろん大衆向けに作られて、どこにでも売られてて、且つめちゃくちゃ最高に美しい音楽だってあるよ。でも言いたいのは、ほとんどの場合量と質は比例しない。そして俺らを突き動かすもの、バンドの核となっている部分は、自分たちでやるっていうことに関係していると思う。それを諦めていたら、とっくに終わっていた。もちろん、100万人の人が俺らのレコードを買ってくれたら嬉しいよ。是非そうなってほしい。そうすれば、色々な面において俺らのやってきたことが正当化されたって気にもなるしね。そうなる気がするよ。問題なのは、ある一定の部分で越えられない裂け目みたいなのがあるってことなんだ。ライブをやる時、出資を考えて最大約2000人規模のキャパまでだったら対処できるんだけど、それを超えるとコストが酷いことになるから、俺らはそういう会場で演奏出来ないんだ。ソールドアウトしたって、清掃員にすら支払えないんだよ。彼らはみんな労働組合に属してるからね。だから、そういうある一定のラインみたいなのは存在するんだと知った。レコードの売上に関しても同じことが言える。自分たちの目が届くネットワークに限って言えば、初動売上の時点で俺らは全てのソースを限界まで使ったよ。なぜかっていうとずっと広いネットワークに関してはメジャーレーベルが牛耳ってるからね。でもだからなんだっていうんだ?そんなことで俺らの活動を阻止できないし、まだライブだって全然できる。それに2000人の前でやるより10万人の前でやった方がいいなんて誰が言ったんだ?おかしなことだし、おかしいと思うべきだ。そもそも何か面白いことをやろう、ってことだったんじゃないのか?バンドを初めて、頑張って、自分たちのシーンを作って、レーベルと契約して、大きくなって、それから活動をストップするっていう、バンド一連の流れっていうのを俺らはもう知っているから。様々な形で成功した流れも俺らは何度も見てきている。でもバンドを思うがままに始めて最後の最後までやり切った例なんて、ほとんど聞いたことがないよ。そっちのほうが普通じゃないよ。だからたまに孤独に感じたりするんだ。俺らみたいなポジションにいるバンドっているとは思えないから。パンクロックも、ロックンロールでも、同じようなバンドはいないんじゃないかな。まあそうだろうね。

―『End Hits』という作品がありますが、そう名付けなければよかったと思ったりしますか?

思わないよ。なんでだい?

―バンドがもう解散するっていう意味にも捉えられるじゃないですか。

あぁ、そういうことね。でもそれは知ってたよ。そういうことはもう話してたから、別に驚かないよ。というよりも、世紀末で、アポカリプスがゆっくりと近づいてきているというような意味だから、「これが世界からの最後の言葉だ」って感じなんだよね。いや別になんでもいいんだけど。人はそういう(解散するという)風に解釈する可能性もあるとわかってたから。でも同時に、それってギャグみたいなもんでさ。君がアルバムを全部聴いたことがあるかわからないけど、レコードの最後の最後に「サプライズ、エンドヒッツ」って言ってるんだよ。それで全部台無しって感じなんだけどね…。「No Surprise」って曲はちゃんとした終わり方があったんだけど、どういうわけか俺ら4人全員それをやり忘れちゃって。なんでかわからないけど。とりあえずそうなったんだよ。だから、もう一度録り直して、終わりにかぶせようって話してたんだよ。すごくいい感じだったから。でも無駄に終わってさ、出来なかったんだ。それが結局、タタタタタって、最後にヒットしてレコードが終わることになって。「終わりのヒット」だろ。だからレコードを『End Hits』って名付けたんだよ。でも、それからさっき話したような、世界の終わりっていうイメージも生まれてきて。そういうイメージもあるけど、同時に俺らはただふざけてただけなんだよ。それってほとんどの人が俺らのバンドについて知らないことだと思うんだけど。俺らの最高の瞬間ってのは、ほとんどの場合笑ってる瞬間なんだ。俺らの映画をもう観たかどうかわからないけど、ちょうど制作が終了して、観た人のほとんどが、俺らがテーブルに座って色んなことを企ててるわけじゃないんだっていうのを知って驚いたみたいなんだよね。みんな俺を恐ろしいアスホールだと思ってるみたいなんだ。本当はめっちゃ面白いやつなんだけど。その、俺らは自分たちを気楽な奴らだとはプロモーションしないけど、でも誰がそんなこと気にするんだよ?俺らはそんな気楽じゃないよ!ビジネスやってるんだよ。ただ俺らは面白いってだけでさ。


バンドは2003年から活動休止状態ですが、メンバー間の関係は良好な様子。たまに4人が地元で揃ったら、遊んだりセッションしたりはしてるそうです。(2018年、Kreative Kontrolポッドキャストのジョー・ラリーの発言。)

イアンは現在奥さまのエイミー・ファリーナとイーヴンスで活動中。

2018年11月11日には地元ワシントンD.C.にて、イーヴンス+ジョー・ラリーの新バンドで、全曲新曲のライブを慣行。

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amy,ian, joe at st stephens auditorium last night. Photos by @grady182

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2019年に入ってからもちょいちょいライブは行っているようです。レコーディングも済ませたという情報もあります。

そんなFugaziリズム隊のジョー・ラリーとブレンダン・キャンティはメスセティックスで活動中。来日もしましたね。

ギー・ピチョットはバンドはやっていないようですが、たまにライブでギターを弾いたり、プロデュースなどしてるようです。以下は2017年にギーがプロデュースしたDowntown Boysの『Cost of Living』。

最近では、2019年6月にブルックリンで行われた『Keep Your Eyes Open』というFugazi写真集の出版記念トークショーに参加したようです。お元気そうでなにより。

イアンがインタビュー中に話していた、メジャーレーベルにバンドが搾取されていく話はスティーヴ・アルビニのエッセイにかなり詳しく載っています。

Steve Albini & Lil BUB reunite in Asbury Park in April at the Ca...

脚注

  1. 1998年、ユニバーサル(MCA)の親会社であるカナダの酒造メーカーシーグラム(Seagram’s)が、ポリグラムを買収、合併してユニバーサル・ミュージック・グループとなった。
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