ホルガー・シューカイ インタビュー (2009)

ホルガー・シューカイはCANの創立メンバーの1人であり、ベースの他にも短波ラジオの操作やテープコラージュなど、プロデュース的な役割を担当していました。CAN解散後もジャー・ウォブル、ジ・エッジ、Phewなど数々のアーティストとコラボレーションを行いました。

ピクシーズ『Bossanova』発表時のインタビュー (1990)

ピクシーズが1990年に発表した3rd LP『Bossanova』は、全編通して血の通ってないような冷たさのある、不思議な空気が漂う怪作&傑作です。こちらはメロディメイカー誌が1990年に掲載した彼らのインタビューの和訳です。

イアン・マッケイ インタビュー (1999)

Fugaziは1987年に結成。バンド名の由来はベトナム戦争帰還兵の証言を収録した本にあった言葉、"F. U. G. A. Z. I."から。こちらは1999年5月に公開されたイアン・マッケイのインタビューの和訳です。当時バンドはまだ活動中で、ドキュメンタリー映画が公開された直後でした。

グレッグ・ギン インタビュー (2010)

「少なくとも、ブラック・フラッグにはグレッグ・ギンという唯一無二の存在があった。彼こそがバンドの重要な要素だ」(ヘンリー・ロリンズ)。グレッグ・ギンはブラック・フラッグの創設者。即興的なギタースタイルが非常にユニークで、ローリング・ストーン誌のトップ100ギタリストにも選ばれています。

ブラック・フラッグ史 (1979- 2019)

1976年。太陽まぶしくサーフィンが盛んなカリフォルニアのハモサビーチにて、22歳のギタリスト、グレッグ・ギンは弟のレイモンド・ギンと、ブラックフラッグの前身となるバンド・パニック!を結成。ボーカリストにレコード店員だったキース・モリスが、ドラマーにキース・モリスの友人ブライアン・ミグドルが加入。

フランク・ザッパとキャプテン・ビーフハート

フランク・ザッパとキャプテン・ビーフハートことドン・ヴァン・ヴリートが出会ったのは、カリフォルニア州ランカスターの中学校。二人はR&Bやシカゴブルースといった共通の趣味を持っており、ビーフハートの家で夜な夜なレコードを聴いて過ごしていたそうです。

ケヴィン・エアーズ 最後のインタビュー (2008)

ソフト・マシーンのオリジナルメンバーであるケヴィン・エアーズ。2007年の復活作『The Unfairground』発表後の2008年に行なわれたインタビューの訳で、これは結果的に彼の最後のインタビューの一つとなりました。

フェラ・クティを語るポール・マッカートニー (2013)

フェラ・クティことフェラ・アニクラポ・クティは、「アフロ・ビート」を作り上げたナイジェリアを代表するミュージシャンです。50以上の作品を残し、「Music is the weapon」を掲げてナイジェリア政府と戦い続け、「ブラック・プレジデント」とも呼ばれていました。

ヤキ・リーベツァイト インタビュー (1999)

ヤキ・リーベツァイトは1938年、ドイツ生まれのドラマー。CANの他、NEU!のミヒャエル・ローター、ブライアン・イーノ、デヴィッド・シルヴィアン、Phewなどとも共演してますね。個人的にも大好きなドラマーの一人です。下記は1999年にリリースされたCAN BOX BOOKに掲載されているインタビューの和訳です。

マルコム・ムーニー インタビュー (2016)

マルコム・ムーニーは1940年アメリカ生まれのアーティストです。CANには初代ボーカリストとして68年~70年まで在籍し、89年の再結成アルバム『Rite Time』にも参加しています。自身が率いるバンド、マルコム・ムーニー&テンス・プラネットとしても二枚の作品をリリースしています。